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×月×日 文楽は楽しいか?

 大阪に暮らし始めて5年目になる。引っ越してきて、初めて文楽(操り人形芝居のこと)を生で観ることができた。それ以来、私は文楽の一ファンである。

 さて、この地には、現在でも大阪人の代名詞として生きている「義理・人情」という言葉がある。私はまったくの素人なので、間違っているかもしれないが、この「義理・人情」の精神を文字通り体現しているのが、文楽ではないのかな、と思っている。近頃では、子供たちにもこの芸能の世界を知ってもらおうと、普通は入れない舞台裏を見せたり、人形遣いの種あかしをしてみたりするイベントが開かれている。「文楽は楽しいのだぞぉ」といわんばかりである。それは多分、私も含めおおかたの人が、文楽は日本の誇る伝統芸術であり、芸術と呼ばれるものがおしなべてそうであるように、従って小難しいものだと考えているからではないか。もちろん、物語は歴史の教科書に書いてあるような昔のことだし、太夫(芝居の筋を説明したり科白をしゃべる人)さんは、何を言ってるのだかよくわからない口調だし、そういう意味では難しい。私だって少なからず予習はする。けれども、はたしてそうまでして、子供にもわかりやすく、楽しく見せないといけないものなのか、という疑問は残る。なぜなら、ここで観られる芝居は、筋としては、かなりおどろおどろしく、残酷な物語が多いからである。そして、しばしば劇中で主君への忠信から、あるいは「義理」の名目から、犠牲になっているのは子供である(ただ、こうした事実は、子供向けイベントでは伏せられているように感じる)。

 同じような疑問から、私はいつも劇場ではしょうもない心配をしている。万が一、私の隣に外国人が座ることがあったら、もしその人から「こんな残忍な話を、なぜ日本人は面白がって観ているのか」と尋ねられでもしたら、いったいどう答えればよいのか、と。今のところ、私にいえるのは、文楽は大人の娯楽だということ。それ以上のことは、おいおい考えていこうと思っている。


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